Z世代の代表 作品紹介

一号とRYANAがZ世代ならではの視点でさまざまな作品を紹介します。

『サロメからザロメへ 実在のファム・ファタル達 彼女がいなければ ツァラトゥストラは何も語らなかった? 2)』

血迷ったり道に迷ったり

出たり入ったり狂わされた男ばかり

綺麗で卑猥でドギツくて

知的で繊細でどこかトチ狂ってる

よそ見しながら「早く済ませてね~」

それでも必死で腰を振り続ける[1]

Creepy Nutsの名曲「阿婆擦れ」 ファム・ファタル的な女性像と移り気な大衆とをオーバラップさせ、軽快なラップで歌い上げられていますね。

ファム・ファタルというイメージから、何かを連想するということは過去をさかのぼっても割とポピュラーなやり方で、ニーチェも同じようなことを言っていますね。)

 


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というわけでファム・ファタル第二回。

 

 

gzdaihyoryana.hatenablog.com

(第一回はこちらです)

今回は現実のファム・ファタルについてだ。

 

 

現実にファム・ファタルが目立ち始めたのは19世紀末。

 

近代化が進み、市民階級の時代として成熟し、資本主義が拡大。

そして大都市と言うものが出現したそんな時代。

 

数々のエリートたちも大都市に集中して、サロンを開き交流を重ねるようになった。

 

 

そしてそこに現れたのが、ファム・ファタルたちだ。

 

 

ルー・アンドレアス・ザロメ(1861‐1937)

ニーチェを馬扱いして、フロイトに弟子入り。10歳以上年下のリルケとも関係を持ったファム・ファタルの代表」

 

彼女はサンクトペテルブルク生まれのロシア系ドイツ人。

 

詩作や評論なども数多く残しているけれど、やはり何と言っても、ニーチェリルケと言った超大物の求婚を断り、両者に多大な影響を与えたことで有名だろう。

 

ではそれぞれどんな関係だったのか?

 

ニーチェ(1844‐1900)



ニーチェとの出会いはまだ彼女が21歳の時のことで1882年

 

ニーチェはもうすでにバーゼル大学を退職していて、今でいうところのフリーライター?のような立ち位置。

ニーチェは最年少でバーゼル大学の文献学教授になりました。しかし教授時代に書いた『悲劇の誕生』という論文が認められず、学会からそっぽを向かれていました。)

 

(これは読むべき名著です。)

 

そんな彼がザロメと出会ったのは、彼の友人である哲学者、パウル・レーという人物を介してで、ここからレーとニーチェザロメという豪華な三角関係が始まるのである。

 

 

(左からザロメ、レー、ニーチェ。21歳の若きザロメが馬車の荷台に乗って鞭を持ち、男二人は馬扱いされている。これはニーチェの発案らしい。やっぱり変態だったのかニーチェ

 

そして三人(+ニーチェの妹、なんか本格的にラブコメぽくなってきた)と何度か旅行に出かけたりしている。

 

しかし三角関係は一年ほどで破綻する。

 

ニーチェもレーもザロメに求婚するという、アクションを起こしたからだ。

3人の恋路はどのようになったのか?三角関係の行方はいかに?

 

 

ザロメの返答は両者に対してNO。

 

そして謎の東洋学者と結婚。

失恋で精神がボロボロになったニーチェは、『ツァラトゥスはかく語りき』の一部を10日で書き上げることになるのだ。

 

(よくわからないけど、謎に力強い本作。しかし本当にわけわからなすぎて、当時は誰も理解していなかった為、本人が解説書的なものを書いている。)

 

ニーチェによるニーチェ解説書。こっちのがわかりやすいっちゃわかりやすい。ニーチェ入門にはこれを)

 

つまりザロメが断っていなければ、神が死ぬのはもう少し後だったということだろう。

 

そう考えるとザロメニーチェを振ったというのは歴史的にも非常に重要な事柄に思えてくる。

(なんとニーチェ妹のエリーザべトが「お兄ちゃんに付きまとうザロメとかいう女許せない!」となって裏工作をしたという情報もあるみたい。エリーザベトという人物はニーチェの死後、ナチに近づくなどやらかし系妹キャラですね。)

 

リルケ(1875‐1926)

 

 

続いてはリルケとの関係

 

と言ってもリルケについてあんまり知らない人もいるかなと思うので少しリルケについても解説。

 

ライナー・マーリア・リルケという人物はオーストリア出身の(とは言ってもプラハ出身)詩人である。

 

 

ジャンルは・・・難しい。○○派とか○○主義という風にくくるのはちょっと無理である。

 

ともかくこの時代のドイツ語圏でホーフマンスタールとゲオルゲと並んで3本の指に入る偉大な詩人だってことを知っておけばオッケーだ。

(『さよならを教えて』や『機動戦士ガンダムUC』にもリルケの引用があります。『ドゥイノの悲歌』の天使のイメージは『さよならを教えて』に通じるところがありますね。ちなみにわたしのおすすめは「墓碑銘」という詩です。)

 

 

そんなリルケですが、ザロメと出会った時はまだ22歳。

まだまだ代表作の『ドゥイノの悲歌』も『オルフォイスに寄せるソネット』も出していない若手詩人だったのだ。

 

ザロメリルケよりも14歳も年上。

 

リルケはこの年上の女性の手ほどきをうけ、ロシア語を学び、世界文学(主にロシア文学プーシキントルストイなど)に没頭することになる。

 

ザロメがベルリンに移り住めば、リルケも後を追うほどリルケザロメになついていたようだ。

 

そしてザロメの案内でロシアへ二度も旅行に行くのだが、驚くべきことはザロメの夫も同伴だったということ。

 

そしてロシアではあのレフ・トルストイと面会しているのだ。

 

この二度のロシア旅行はリルケに多大な影響(主に神、自然などへの考え方について)を与え、リルケを語るうえで欠かせない出来事である。

 

(これと『イワンの馬鹿』しか読んだことない・・・)

 

後にフロイトザロメリルケのミューズであり、良き母であったと語っているらしい。

 

たしかにリルケはかなり可愛がられていたようだが、彼もまた彼女の愛を掴むことはできなかった。

 

最後はこんな詩で締めようか。リルケが俳句に影響されて詠んだ詩だ。

 

「実を結ぶのは花を咲かせるよりむつかしい、だがそれは言葉の樹ではなく―愛の樹のこと。」[2]

(原文はフランス語らしいです。ちなみに俳句は世界的にかなり有名な詩の方法で、ヨーロッパの詩についての用語集などにソネットやエレギーなどと一緒に載っていたりします。ちなみにこの詩はザロメについて詠んだわけではないはず。)

 

フロイト(1956‐1939)

 

続いてはフロイトとの関係について。

 

フロイトザロメニーチェリルケほど親密であったとはいえないけれど、やはり恋多き女ザロメ

 

彼女がフロイトの下で精神分析を学んでいた時。フロイトと愛人関係にあったのではないかという噂が流れていたりしたみたいだ。

 

しかし実際はフロイトとは肉体関係はなく、普通に交流していただけだった様子。

 

フロイトに関しては当時からすでに有名だったので、彼女が影響を与えたというよりは、彼女のほうが多大な影響を受けたという方が適切だろう。

 

フロイトは医者ですが、どちらかと言うと哲学やオカルトのほうが近いように思えます。彼の精神分析は実証も根拠もない学説ですが、その独特の論理性は20世紀の文化・思想に最も大きな影響を与えました。)

 


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(フロイトが探偵になるとかいうドラマ。日本で言う『文豪ストレイドッグス』みたいなもんです。)

 

そんなフロイトの元精神分析を学んだザロメは、74歳まで精神分析医として働いていたが、その一年後ゲッティンゲンにて75歳で息を引き取る。

 

 

さてここまで見てきてみなさんはこのルー・アンドレアス・ザロメという人物をどのように思うだろうか。

 

確かに無名時代のニーチェリルケに目を付け親しい間柄になり、その後の時代を超えた傑作を生むきっかけとなったというドラマはあまりにダイナミック。

 

やはり運命の女と言うにふさわしい、ミューズと言うにふさわしいという風に見えてこないだろうか。(ここ、次に続きます)

 

 

その他の実在したファム・ファタルについて少しだけ。

 

アルマ・マーラー(1879‐1964)

 

マーラーの妻であるアルマ・マーラーと言う女性が関係を持った男性も凄まじい。

マーラーのほかにクリムトフロイト

ココシュカ

(調べたら1980年まで生きていて驚き。彼の「風の花嫁」と言う絵画はアルマを描いたものだとされている。)

ja.wikipedia.org

バウハウスのグロピウス

(有名な建築家ですが、彼の建築を見てもおそらく何がすごいかわからないでしょう。彼のすごさは今では普通の工場やビルを初めて建てた人の一人であるということなんです。)

ja.wikipedia.org

 

などなどと関係を持った有名なファム・ファタルだ。

 

他にもDHロレンスと結婚したフリーダ・リヒトホーフェンやその姉妹であるエルゼなど、この時代にはそうした超ビックネームを渡り歩く女性が数多く存在している。

 

 

なぜこの時代にそうした女性が数多く存在していたのか?

 

それに関してはいろいろと理由もあるだろうけど、そもそもこうした文化的な社交の場において、数々の知識人と張り合えるような女性があまりいなかったということが大きいように思える。

 

そもそも数が少ないからみんなで取り合ったのだ。(俗っぽい言い方をするといわばオタサーの姫状態。)

 

しかしながら数は少ないながらもこうした女性たちの影響力は大きく、それをこころよく思わなかった人たちもいたらしい。

シュテファン・ゲオルゲを代表とする詩人のグループ、ゲオルゲクライスは女人禁制!女性を排した男だけのユートピアを作ろうとしたホモソーシャルなグループでした。)

 

 

さて、ここまで19世紀末から20世紀初めくらいまでのファム・ファタルついて語ってきた。

本来はここで終わらせるつもりだったのだが、少しハイカルチャーに寄ったスノッブな内容になってしまったので、口直しもかねてもう少し続けたいと思う。

 

 

 

次回は20世紀。

 

大学に女性が普通に通うようになって、男女同権が進む中、謎めいたファム・ファタルというロマンは消えていくかに思えた。

 

しかし、忘れていないだろうか?

 

20世紀中盤にもいたではないか。現代日本文化にも多大な影響を及ぼした、あの少女が。

 

 

そうロリータだ。

 

というわけで三回目はロリータ文化について。

 

 

造られたロリータ像というテーマで、フレンチロリータと呼ばれるフランスのアイドルやリュック・ベッソンの映画、最後には日本のアニメや漫画なんかも扱う予定だ。

 

 

それでは・・・

 

 

おつザロメですわ~

 

 

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(次回はこちら)

 

 

 

 

[1] Creepy Nuts / 阿婆擦れ 作詞 R指定 作曲DJ松永

[2] リルケ著 高安国世訳(2010)『リルケ詩集』