☆☆☆(映画監督界のガーシー)作品とクリエイターは分けて考えるべきか?性犯罪、国外逃亡しながらアカデミー賞を獲得したポランスキー監督について☆☆☆
「性犯罪者の撮った歴史的に価値のあるアカデミー賞作品」
2003年3月23日。
イラク戦争が始まった直後に行われた第75回アカデミー賞では、ホロコースト下のワルシャワを描いた映画『戦場のピアニスト』が作品賞を含む7部門にノミネートされ、うち監督賞、脚色賞、主演男優賞など3部門で受賞した。
ホロコーストを描いた映画としては、『シンドラーのリスト』など以前にも存在した。しかし本作はワルシャワでホロコーストを実際に生き抜いたロマン・ポランスキーによる作品である。
実話をもとに戦時下での人間の悪行、そして地獄の中でも人間性を失わなかった実在の人物たちを描いたこの映画は映画史上に置いても類を見ない傑作であり、カンヌ国際映画祭においてもパルムドールを受賞、英国アカデミー賞においても作品賞監督賞を受賞、フランスのアカデミー賞であるセザール賞においても作品賞、監督賞を受賞するなど、世界中で絶賛された。
しかしである。
監督賞を受賞したロマン・ポランスキーは当日アカデミー賞の授賞式を欠席。
そしてその理由というものが米国に入国したら警察に捕まるからというものだったのである。
実はポランスキー監督は1960年代から1970年代までは米国に住んでいた。
しかし1977年、ジャック・ニコルソン邸にて当時13歳の少女を強姦した容疑で刑務所に入れられたのだ。
留置場においては罪を認めていたものの、懲役50年の刑が下るのを恐れたポランスキーはパスポートが有効な内にフランスに逃亡。
犯罪者引き渡し条約のないフランスに活動拠点を移し、その時から現時点ではアメリカに入国していない。
その後もヨーロッパにて精力的に映画製作を続けることになる。
そして現在にいたるまで、数々の映画賞を受賞、映画界の巨匠としての地位を確立したのである。
(一応罪を認めてはいるようだが……)
性犯罪でありながら罪を償わず国外逃亡しながらも、数々の名作を世に出し続けてきたポランスキー。
日本で言うならば●ー●ーと●●●ー●●●を足して二で割ったような経歴の持ち主なのだが、流石にこの情報だけでは(擁護するわけではないが)彼の人生を説明するには不十分ではある。
ということで今回は彼がどのような人生を送って、どのような作品を世に放って来たのかを俯瞰し、ポランスキー作品を我々はどのように扱えばよいのか、作品と作者を分けて考えるべきなのということを考えていこうと思う。
断っておきたいのは、この記事の中ではどちらが正しいなどという結論を明確に示すことはしない。
個人的には意見を持っているが、どちらかに誘導しようとは思わないからである。
もちろん文章にした以上どちらかに偏った意見のようにも見えるかもしれない。
しかしこの記事を書いた意図はこうした事実があるということを知ってもらいたいだけなのである。
ポランスキーの人生と作品
ポランスキーの生まれはフランスであるが、3歳の時にはポーランドのクラクフに引っ越しポーランドで幼少期を過ごした。
しかし1933年生まれの彼は子供時代にナチスのポーランド侵攻、そしてホロコーストを経験する。
ユダヤ系だった彼の一家はゲットーに閉じ込められ、両親は強制収容所に連行された。
彼自身はどうにか逃げ延び、パリに亡命したが、父親も強制労働させられ、妊娠中の母親はアウシュビッツで虐殺された。
ポーランドの映画大学で映画を学び1950年代には俳優として出演を始める。
俳優ポランスキーは比較的最近まで活動しており有名なところだと、『ラッシュアワー3』にも出演している。
そして1962年、ポーランド語映画である『水の中のナイフ』において長編映画監督デビューを果たす。
裕福な夫婦とヒッチハイクをしている若者の3人がヨット上でおりなすドラマは西側に絶賛され、アカデミー外国語映画賞にもノミネートされた。
1965年にはイギリスに渡りサイコスリラーである『反撥』を監督。
処女であるキャロルが、同居している姉が男を連れ込んでセックスしまくっているのを聞かされまくってノイローゼになり、自身の妊娠することのできる身体を嫌悪し幻覚を見るという話なのだが、ベルリン国際映画祭にて銀熊賞を受賞。
デビット・リンチの『イレイザー・ヘッド』を始め数多くの映画に影響を与え、いまだに傑作として語り続けられている。
また翌年には『袋小路』がベルリンで金熊賞を受賞。こちらも外界と隔絶された古城で繰り広げられるサイコスリラーである。
1968年にはハリウッドに移り住み初のハリウッド映画『ローズマリーの赤ちゃん』を監督。
原作ものではあるが、悪魔の子を身ごもってしまった女性の不安を見事に描いた演出が評価されアカデミー賞脚色賞にノミネート。
本作は世界におけるオカルトスリラーの火付け役にもなり、本作を契機にして『エクソシスト』や『オーメン』『サスペリア』など世界中でオカルト映画のブームが訪れることになった。
またこのころ自身が監督した『吸血鬼』に出演したシャロン・テートと結婚。
ロサンゼルスに移り住み一緒に暮らしていたのだが、テートは自宅でパーティをしている時にチャールズ・マンソンの率いるカルト集団に襲撃され、惨殺された。
彼女はポランスキーの子供を身ごもっており、妊娠8か月だったという。
(シャロン・テートの事件は映画史上最大の悲劇として有名である。逸話も多いので気になった人は調べてみよう)
シャロン・テートの事件の後、一時期ヨーロッパに戻っていたポランスキーだったが、『チャイナタウン』を撮るためにアメリカに帰国。
ジャック・ニコルソンを主演に1930年代の水利権をめぐる事件を追っていくハードボイルドな本作は絶賛され、ゴールデングローブ賞を含む数多くの賞を受賞。
アメリカ映画ベスト100にも19位に選出され、今もなお衰えない名作である。
しかし前述の通り1977年にはジャック・ニコルソン邸にて少女を強姦し、フランスに逃亡。今後アメリカに戻ることはなかった。
逃亡後フランスの市民権を獲得し、トマス・ハーディの小説『テス』の映画化する。
19世紀の貧しい農村の少女の過酷な運命をえがいた本作はセザール賞では作品賞、監督賞などを受賞。アカデミー賞にも複数ノミネートされ撮影賞や衣装デザイン賞などを受賞した。
しかしポランスキーは本作のヒロインを演じるナスターシャ・キンスキーと15歳の時から性的関係を結んでいたとされている。
その他にもポランスキーの被害を訴える声は多く、否定しているものもあるが少なくとも4人の女性からの訴えが存在する。
『テス』を撮り終えた後もホラー映画から恋愛映画など様々な映画を取り続けたポランスキー。
ジョニー・デップやハリソン・フォードなど大物俳優と映画作りをすることも多かった時期である。
このころ『シンドラーのリスト』についてポランスキーに監督するようスピルバーグからオファーがあったと言うが、自身の体験とあまりに近いということで断ったという。
しかし1999年シュピルマンの手記を読んでホロコースト映画を撮ることを決意。
そうして産み出された映画が『戦場のピアニスト』である。
この映画は勧善懲悪ではない。
ワルシャワを舞台にドイツ兵に媚びを売るようにユダヤ人差別をするポーランド人や、ドイツ兵の言われるがままアウシュビッツに仲間を送り出してしまうユダヤ人も登場する。
そして極めつけはホーゼンフェルト大尉である。
かれはドイツ人でありながら、ユダヤ人であるシュピルマンの命の恩人となる。
戦争状態においては人種関係なく人間性が阻害され、非人道的行為に抵抗がなくなるということ、そうした中でも確かに人間性を失わずに生きていけるということ、そうしたことを英雄の目線ではなく歴史の傍観者であるピアニストの目線で描いた本作はホロコースト映画の中でも極めて質の高い映画だ。
本作を撮り終えた後彼は映画界でも不動の地位を手に入れたといっても過言ではないだろう。
当時すでに69歳と高齢だったポランスキーだが、その後も数多くの映画を手掛けることになる。
しかし2009年にはチューリッヒ映画祭にて生涯功労賞をもらいにスイスに入国したところ、身柄を拘束される。
半世紀近く前の性犯罪容疑は忘れ去られてはいなかったのだ。
スイス政府が「現在の状況では、ロマン・ポランスキー氏が既に言い渡された刑期を務めた可能性や、身柄引き渡し要請が決定的な過ちにより損なわれる可能性を排除できない」として身柄引き渡しを拒否したためすぐに開放されたが、彼自身としてはどのような気持ちだったのだろうか。
こうした事件の後、社会派サスペンス『ゴーストライター』は2010年にベルリン国際映画祭監督賞をはじめセザール賞やヨーロッパ映画賞などを受賞。
ユアン・マクレガーを主演にイギリス首相のゴーストライターがCIAの陰謀に迫っていくというシナリオは当時のブレア首相とも重ね合わされて絶賛された。
過去の様々な性犯罪が告発されポランスキーも例外でなく追及された。
そして2018年5月には米国アカデミーを除名される。
この際にはタランティーノも過去のポランスキーの行為を肯定する失言を掘り返され、謝罪することになる。
このようにキャンセルカルチャーによってポランスキーの作品がキャンセルされ、映画界から追放されたのか?
しかし事そこまで単純ではない。
2019年ポランスキーの新作映画である『オフィサー・アンド・スパイ』がヨーロッパでは絶賛され、数々の映画賞にノミネートされたのだ。
本作はドレフュス事件という世紀の冤罪事件を描いた作品であるのだが、結局ヴェネツィア国際映画祭に置いて銀獅子・審査員大賞を受賞。
2020年2月に行われたセザール賞においては監督賞まで受賞した。
もちろんフランスでは一悶着あったようで、女優アデル・エネルなどは抗議の意味を込めて会場から退席した。
そして同年2020年のアカデミー賞。『パラサイト』が受賞したことが話題になった年だが、実はポランスキーと縁の深い作品がノミネートされている。
タランティーノ監督の『ワンス・アポンア・タイム・イン・ハリウッド』だ。
実はこの作品は先述のシャロン・テートの事件を元に作られた映画である。
内容は1969年、旬をすぎた俳優であるリック(ディカプリオ)とスタントマン(ブラット・ピット)の隣にポランスキー夫妻が引っ越してくるというもの。
しっかり劇中にもポランスキーは登場する。
悲惨な事件への予感が漂う中ハリウッドを代表する旬をすぎたスーパースターが登場するというお話であるが、先述のタランティーノの発言を照らし合わせるとなにか意図を感じなくもない。
本作はアカデミー賞では助演男優賞、美術賞を受賞。ゴールデングローブ賞では作品賞や脚本賞、助演男優賞などを受賞しており高い評価を得た作品である。
終わりに
ロマン・ポランスキーの人生、そして作品について様々なことを記述してきた。
ホロコーストを生き抜いたことや、配偶者が惨殺されたことなど、悲劇に見舞われた人生であったと言える一方で、罪を償わず(本人は償ったと主張しているが)国外逃亡しながら作品を作り続けた人生。
作品に関してはホラー、サスペンス、クライム、戦争、歴史など様々なジャンルで歴史的に重要な作品を残してきた。
芸術的に優れていたからと言って許されるのか、彼の名声をそのままにしていいのかということに関しては疑問が残るかもしれない。
しかし『戦場のピアニスト』を始めこうした作品をキャンセルしてしまうことによって失われる人類史上の損失というものも計り知れない。
このように優れた作品を残しながらも作者が間違いを犯してしまった例は数多くあるだろう。
最近ではエミール・クストリッツァ監督がロシアのプーチン大統領支持を明確に示し、カンヌ国際映画祭にゼレンスキー大統領がスピーチしたことを批判している。
(そしてなぜかクストリッツァ監督の作品が今年大学共通テストに出題されたそうだ。)
(クストリッツァが軍の広報になったというのは不正確な情報らしいが、ロシアを支持していることは明確な事実のようだ。彼の生い立ちを考えるならばNATOを憎むようになってしまったことは理解できなくもないが……)
他にも歴史をたどればマルティン・ハイデガーやカール・シュミットだとかがナチに加担したことや、バーナード・ショーがファシズムを肯定してしまったことなど偉人や文豪が間違いを犯してしまった事例はいくらでもある。
また当時の時代の風潮によって善悪の基準が異なるということも事実であり、それを考慮しなくては20世紀のフランス文壇の作品はすべて発禁になりそうでもある。
しかし時代の変化とともに妥協しない正義が求められていることも正論であり、過去の犯罪を妥協せずに告発することにもたしかに意義はあるだろう。
それでは我々はどうすればよいのか。
そんなことは各自で考えていただこう。
ポランスキーの人生はこうしたキャンセルカルチャーを考える上で重要な事例となる。
行為だけみれば●●●ー●●●や●ー●ーとなにも変わらないが、作品は許されるべきなのか?
ぜひいろいろと考えてみて欲しい。